《No.1》
リタイア決意


平成14年6月号


《MEMO》

だめ×2ケアマネの反省文、待望?のスタート。
だめ×2の実態が、今後セキララに語られる事でしょう。(大丈夫かなぁ、続けられるかなぁ。チョー心配。)

どうぞよろしくお付き合い下さいませ(^。^)
私はずっと悩んでいた。悩み抜いた揚げ句、一つの結論を出した。3月中旬のことだ。
「もう、ケアマネ辞める。辞めちまおう」
腹を決めた。限界だった。精神的にも肉体的にも、自分はタフと思っていた。過大評価していたのかも知れない。もっと出来るはず、まだ出来る余地はある。でも、現実は‥‥。

「伊藤さん、私、ケアマネ辞めることにしたぁ‥‥」
「そうかー、決めたの?」
「うん‥‥」
「で、これから何すんの?」
「しばらく休む。主婦して、それから考える‥‥」
「あのさぁ、ほいづんにケアマネのこと、書かない?実際にケアマネやっている人に仕事の内容とかさ、苦労話とかさ、紹介してもらいたいんだけど。できれば日記風に」
「へぇー?だって私、ケアマネとしてはダメダメなんだよぉ。だめ×2ケアマネ。レベル低いってば。それに今、辞めるって言ったばかりじゃん」
「いいよいいよ。ケアマネって、意外と何処にいるか知られてないのよ。介護サービス受けていても自分のケアマネの顔知らないとか、ね」
(何処にいるって?そんな!ここにいて、こんなにもがき苦しんでいるじゃあないか!)たちまち、複雑な気持ち。
「う〜ん、お役に立てるなら。でも、リタイアするから日記じゃなくて回想録だねぇ。それでも、いいの?」
「いいのいいの」
「ふ〜ん、わかったぁ」

出口のないトンネルの中にいるような圧迫感、閉塞感。介護に関わる家族だけの話ではない。確固たる技術、能力を持たないで現場に立つケアマネ=私も、そのトンネルに迷い込んで出られなくなっていた。
私は、介護保険制度の開始に間に合わせるために、ケアマネの頭数(あたまかず)を揃えるために、取り敢えず量産されたにすぎない。ケアマネの仕事ってよく分からないけど、やってくうちに覚えるさぁ。だって試験に合格したんだし、ちゃんと研修も受けたんだモン。

今考えても無謀な成り立ちである。すべて未消化のまま混乱の渦にポイと放り出されたのだ。そしてそれは私に限ったことではなく、全国一斉に始まった。救いはただ一つ。こちらが素人だということが、利用者にはまだバレていないこと。
ケアマネージメントは生半可な仕事ではない。それが実感として分かってきた。大量で煩雑な業務、過大な期待、絶対的に足りない時間。ケアプランの数行の文句を捻り出すのに(威張れないけれど)どれだけ莫大な時間を費やしたか。困難ケースに振り回され、何度グーの手に怒りや悲しみを封じ込めたか。

私は逃げることにした。こんなダメ×2でも、暖かく支えてくださった皆様!えーん、至らなくってごめんなさい。出会った多くの方からいただいた宝物を、次回以降ご紹介します。
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