《No.16》
ケアマネの小道具


平成15年9月号


《MEMO》

ケータイって便利。いつでもどこでも連絡とれるってのは、ホントに心強い。
でもね、この生活に慣れると誰とも連絡がとれない状況はとっても苦痛。まずいなー。
私ったら、超おしゃべりなので毎月の請求書にビクビクしています。
街中で、乗り物の中で、ファミレスで、最近よく見かける光景。男も女も、老いも若きも、ケータイの液晶画面をひっきりなしに追うのが、今の流儀だ。数人が仲良く談笑しているかに見えて、各人は定期的にケータイをチェックしている。エイブル薬局にいらっしゃる方も、お薬待ちのちょっとした時間を惜しむかのようにケータイ片手にカチャカチャやっている。恐るべし、ケータイ。

携帯電話は、確かに便利だ。あちこちのお宅を飛び回って連絡調整を行うケアマネにとってなくてはならない道具である。緊急でショートステイが必要になったとか、時間が勝負のときには大活躍である。24時間体制の事業所など、交代で夜間対応専用のケータイを持たされるのだそうだ。ケアマネ同士が集まって食事をしたときも、皆かたわらにケータイを置いていた。

「ねえ、聞いてよ。仕事終わってさあ、帰り道で、あともう少しで家ってときに、ケータイに電話入ってさあ。」
「ウンウン。」
「○○さ〜ん、外線2番の電話取ってくださいって、守衛さんがケータイにかけてくんの。ケータイに!いったいどうやって外線取れってのよ!ねえ。」
「ホント〜?ぎゃははは‥‥。」
お腹を抱えて笑った。どの事業所も相当激しく混乱しているようだ。

緊急連絡先として、利用者に携帯電話の番号を知らせることを、私は躊躇った。ケアマネ以外にも色んな仕事を抱えていたので、緊急で呼び出されても、すぐには駆けつけられない事情もあった。本人や家族から直接電話をもらってもかえって気の毒な思いをさせるのではと理由をつけていたが、本当のところ、既に困難ケースで何度も呼び出され引っかき回されていたから、これ以上の「緊急」は、もうゴメンという気持ちが強かった。みんな、エライなあ。

ケータイが鳴るのは、良くない知らせのときが多い。Fさんのご主人から電話を受けたのは、出張に向かう車中だった。亡くなったと知らされて、私は動揺した。
「どうしよう。私、すぐ伺うことができないんです。」
一応知らせただけだからと、来るのは葬儀が終わってからでいいとご主人は言った。

Fさんは週に3回透析に通っていた。ご主人と長男の嫁E子さんが二人がかりで車いすに乗せ、2日に1度は病院通いで丸一日をつぶしていた。透析のためだけに体力を残しておくという生活。摂水制限があったが、1日に何個かの氷のかけらを舐めるだけでは収まらず、本人をなだめるために家族は心を砕いた。少しでも快適に過ごせるように、介護しやすいようにとバリアフリーにしたり、家族みんなが協力し合っていた。

何ヶ月か後、E子さんとばったり出会った。声をかけられて、すぐには分からなかった。はつらつとして印象ががらりと変わったからである。ばあちゃんが亡くなったのはさびしいけれど介護で思い残すことはないと話した。美しい笑顔だった。
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