《No.20》
見えないということ


平成16年1月号


《MEMO》

石山さんは私をクビにした第1号の利用者です(^^ゞ
賢明だあ
久々の声は、もちろん、元気。だめケアで紹介したいと事情をお話ししたら、快く了承してくださいました。
「あら!」先月号のほいづんを読んで、ビックリ。石山房子さんの記事に目が釘付け。だめケアで、いつか紹介しようと考えていた人だ。実は、介護保険スタート直後の短い期間、私はケアマネとして石山さんを担当した。彼女は大変聡明な方で、私がダメダメであることをすぐ見抜いたんだけど、ね。

石山さんは中途失明者である。初めてお宅に伺ったときのこと、玄関を上がったちょうどいいタイミングで、「そこの椅子に座って。」と声を掛けられ、お茶をすすめられた。私に顔を真っ直ぐ向けて話す仕草はあまりに自然な立ち振る舞いで、言われるまで目が見えないとは気が付かなかったほどだ。「本当は見えているんじゃないかって、よく言われるのよ。」と笑った。
手渡された大学ノートに太いマジックで大きく連絡先の電話番号を書いた。かすかに明暗の差が読み取れるということだった。しかし、足下に何か転がっていても分からない。つまずいたり、常に転倒の危険があるので、訪問者には床に置き忘れなどしないよう頼み自分でも気を使っていた。

石山さんは知識欲が旺盛な人で、世間に乗り遅れまいと常にTVやラジオに耳を傾けていた。色んな工夫や努力をして生活していた。例えば、視覚障害の有無に関わらず、様々な通知は文書で届く。それをいったん誰かに代読してもらい、重要な書類であれば、書かれている紙の大きさや形、厚みと『内容』とを一致させて憶え保管する。頼りにするのは自分の記憶力。
「オカザキさん、目が見えなくなった人は皆、点字さ習って、それですぐ本でも読めるようになると思ってないか?」盲人=点字。単純にそう思っていた。
「最初っから見えないのと違って、中途では指先で字を読むまでには、とても難しくてなれなかった。私もずいぶん頑張ったんだけど断念したの。」我が身に置き換えればすぐ分かることだ。

私の祖母も中途失明者であった。壁を撫でるようにして、すり足でぎこちなく歩く。手探りをする姿、丸い背中を思い出して悲しくなった。私、分かったつもりでちっとも分かっていなかった。自分の想像力の欠如を思い知った。

 目が見えないのは、不自由なことだ。その不自由がずっとずっと継続するという事態を考えてみる。世の中には、視覚障害に限らず、聴覚、言語、運動、知的障害、何らかのハンディキャップを背負って不自由な生活を送っている人たちがたくさんいる。今は若く専門的なサポートを受けて生活が成り立っていたとしても、等しく老いはやってくる。介護が必要になったとき、大多数の人が利用する介護保険のサービスだけでは不十分なことは明白である。生活を支える視点において公平であるために、個別の対応、障害に対する支援はもっと成熟してもいいのではないかと思う。

※ご本人の了解を得て、今回は実名を使わせていただきました。
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