《No.24》
ケアマネの未来像


平成16年5月号


《MEMO》

はあ〜。
だめ×2ケアマネ、当初依頼の24回分、遂に終了。
もう、ネタが無くてダメだぁ。締め切り間際、ケアマネ仲間に取材と言っては多大なご協力をいただきました(^^ゞ
感謝です。本当にありがとうございました。
ここまで辛抱強くお付き合いいただいた読者の皆様にも感謝です。
実務を離れて2年も経つと、ホントにケアマネ事情に疎くなってきた。仕事の内容も求められる役割も、私が現場にいた頃とはすでに変わってきている。当初、ケアマネは介護のことは何でもお任せの「お助けマン」的な存在であった。介護サービスの組み合わせで問題が解決できるという幻想を自分自身も抱いていたし、利用者に対してもそう振る舞っていた。あれもこれもとサービスを勧めた結果、自立支援どころか本人のやる気や家族の介護意欲を削いで、他人任せ、ケアマネべったりの構図を作ってしまった。今は、できないことを単に肩代わりするのではなく、利用者本人や家族の「潜在能力」を生かし、ケアプランに反映させるやり方が主流となりつつある。より高度な技術が要求される。

一方、いまだに玄関先でハンコをねだるケアマネが出没していると聞いている。月1回以上の訪問面接が義務づけられ、それらの記録整備を怠るとケアプラン料が減算となるためだ。事業の採算性を上げるため、とにかくこなさなければならない。時間が足りないのではないのだろうか。同じケアマネでも技量の差は大きい。悲鳴を上げるケアマネの姿が目に浮かんでくるようだ。

「今は職場の都合でケアマネをやらされているけど、体がもたない。ずっとは無理だ」
現役ケアマネの本音、つぶやきが聞こえてきた。

ケアマネって何だろう。いつだって忙しくて辛いばかりで、キャリアを積んで一生続ける仕事とはケアマネ自身考えていない。期間限定なら、何とかやっていける仕事なのかな。いやいや、そんなことはない。私の知る範囲でも、卓越した技能を身につけた「カリスマ」ケアマネは増殖中である。頼もしい限りだ。これから先、私のようなだめ×2は駆逐されて、ケアマネはもっと洗練された職業になるだろう。当然、介護の専門職として相応の報酬も期待したい。

他人様の生活を支援する。その責任の重さに気づくことなく飛び込んだ世界。力加減も分からず、夢中で動き回った。出会いもあった。多くの仲間から知恵をもらい、いっぱいケンカもした。利用者に寄りかかられ、精神的に支配され、悩み、助けたつもりで実は大いに助けられていた。貴重な体験をした。
顔馴染みの患者さんと、薬局の窓口で交わす会話。ケアマネの視点を持つようになって、ついつい生活背景を想像してしまうようになった。私は、以前に増してお節介なオバサン薬剤師に変身した。

ケアマネを巡る世界は確実に新しい時代に突入している。

「伊藤さ〜ん。もう無理だぁ。ネタ切れだぁ、書けないよぉ」
「だめー。許してあげない」
「ええー、そんなぁ(涙)」

だめケアは、お世話になった方々にお礼とお詫びの意味を込めた毎月の反省文。ケアマネの部は卒業しても、違う形で当分続くかも。とほほ。
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