《No.9》
介護がうちにもやってきた


平成17年2月号



《MEMO》

いままで学んできたことは、いったい何だったんだろう。
ふりだしに戻って、もう一回やり直しと言われたような気がした。体力が追いつかない。
前触れもなく突然に、それは来た。そう、ついに‥‥。
「大変だ!介護がうちにもやってきた」

札幌に住む実家の母からの連絡が途絶えたのは、数ヶ月前。実家には、私の弟が母と一緒に暮らしている。やれ、デパートだ、温泉だと、母はしょっちゅう出歩く人だし、便りのないのは無事な証拠と気にも留めていなかった。私は私で、多忙な日々を過ごしていた。

身体がふらついて、日中一人で家にいるのは不安なので、伯母の家にしばらく身を寄せるという電話が来た。

「2週間もお風呂に入っていない」
「何ソレ?どういうこと」
「ふらふらするので、入浴中に何かあったらと考えると、怖くて‥‥。お風呂を沸かしても、身体を拭くのが精一杯」
「何言ってんの、母さんったら。この間、美川憲一ショーに行って真っ先に握手してもらったって自慢していたじゃない」

しばらくしても回復の兆しが見えず悪くなるばかり、ずっと付き添ってくれている伯母にも疲れが見えてきた。このままでは共倒れになる。結局、母は入院することなった。いつまでも伯母をアテにするわけにもいかない。相談の結果、要介護認定の申請をすることにした。

自分の親に介護が必要になったというのは、少なからずショックである。私もそういう世代に突入したのだ。心配で駆けつけたくても、そうそう行ける距離ではない。仕事のこと、家のこと、行くに行けない事情がある。それでも、なんとか時間を作って病室の母を見舞うことができた。

母は、少し落ち着いた様子だった。痩せたとしきりに気にしていた。今まで着ていた肌着が合わないので買ってきて欲しいと言う。そんなこと、お安いご用。しかし、問題は退院後だ。まだケアマネも決められずにいるのだ。自宅に戻るのが不安なら、施設で身体を慣らすことも考えられる。

さて、区役所で渡された介護事業所の一覧表を見る。どこが良いのか悪いのか、10年以上も離れた郷里の介護事情は、さっぱり分からない。浦島太郎状態。山形で人間関係を築き、ネットワークを広げていったその間に、私は郷里のネットワークからはじき出されてしまったようだ。曲がりなりにも介護の勉強をして、ケアマネも経験して、それなのに‥‥。

全国の介護保険事業者の情報は、インターネット上で公開されている。山形に住みながら、札幌の事業所を調べるのは簡単なことだ。住所やサービスの内容、従業者数、責任者の名前。でも、本当に知りたいのはそんなことじゃない。評判とか、そういう情報を切望している。

欲張りかもしれないが、少しでもいい環境で介護を受けてもらいたいもの。施設がたくさんあって、選べるだけ良しとしよう。地域に限られた施設しかない場合は、また、別の悩みが出てくるだろう。
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